SCリスクウォッチドッグ

気候変動と欧州主要河川水位低下リスク:内陸水運サプライチェーンへの影響分析

Tags: 気候変動, サプライチェーンリスク, 内陸水運, リスク管理, 欧州

はじめに

世界のサプライチェーンは、地政学リスクや自然災害を含む様々な外部要因に晒されています。近年、特に気候変動の進行に伴う物理的リスクの顕在化が、サプライチェーンの安定性に対する新たな、そして深刻な懸念となっています。異常な高温、干ばつ、豪雨など、気候変動に起因する極端気象現象は、インフラの損傷、輸送ネットワークの寸断、生産活動への直接的な影響を通じて、グローバルな物流と生産体制に大きな影響を与えています。

本稿では、気候変動がもたらす具体的な物理的リスクの一つである「主要河川の水位低下」に焦点を当て、特に欧州の内陸水運サプライチェーンへの影響について詳細な分析を行います。欧州の主要河川は、域内物流の重要な役割を担っており、その航行条件の変化は広範な産業に影響を及ぼす可能性があります。過去の事例も踏まえつつ、このリスクがサプライチェーンに与える具体的な影響、リスク評価の視点、そして企業が考慮すべき対策について考察します。

欧州内陸水運の重要性と低水位リスクのメカニズム

欧州のライン川、ドナウ川、エルベ川などの主要河川は、古くから重要な輸送ルートとして機能してきました。これらの河川は、石油製品、化学品、鉄鋼、穀物、石炭、コンテナ貨物など、多種多様な物資輸送に利用されており、内陸部の産業クラスターや主要港湾とを結ぶ経済の動脈と言えます。特に、大量の貨物を効率的かつ環境負荷を抑えながら輸送できる内陸水運は、サプライチェーン戦略において重要な位置を占めています。

しかし、気候変動はこれらの河川の水量と水位に直接的な影響を与えています。降水パターンの変化、氷河や積雪の融解量減少、そして夏季の異常な熱波に伴う蒸発量の増加などが複合的に作用し、特に温暖化が進行しやすいとされる中欧地域を中心に、夏季を中心に深刻な低水位が発生しやすくなっています。

低水位状態が発生すると、船舶の喫水が制限され、一度に輸送できる貨物の量が減少します。これは、同じ貨物量を輸送するためにより多くの船舶が必要になることを意味し、輸送コストの上昇と輸送キャパシティの低下を招きます。さらに水位が低下すると、特定の区間での航行が不可能になり、内陸水運を利用していたサプライチェーンが完全に寸断される事態に至ります。

サプライチェーンへの具体的な影響分析

河川水位の低下は、単なる輸送遅延やコスト増に留まらず、サプライチェーン全体に多岐にわたる影響を及ぼします。

  1. 輸送の混乱とコスト増: 最も直接的な影響は、前述の通り輸送キャパシティの減少とコストの上昇です。低水位が継続すると、代替輸送手段(鉄道、道路)への需要が急増し、これらのインフラも逼迫します。代替手段への切り替えは、リードタイムの増加やさらに高額な輸送コストを伴うことが一般的です。
  2. 生産活動への影響: 河川沿いには化学工場、石油精製所、発電所、製鉄所など、大量の原材料輸送や冷却水の利用を河川に依存する施設が多く立地しています。低水位は、原材料の供給途絶や製品出荷の停滞を引き起こし、工場の稼働率低下や一時停止を余儀なくさせる可能性があります。冷却水の取水制限が発生することもあります。
  3. 在庫管理と調達戦略への影響: 輸送の不確実性が高まることで、企業はサプライチェーンの安定性を確保するために、バッファ在庫を積み増す必要に迫られる可能性があります。これは追加の保管コストやキャッシュフローへの影響を伴います。また、河川輸送に依存していた調達先の見直しや、より柔軟な輸送手段を持つサプライヤーへの切り替え検討が必要となる場合があります。
  4. 販売・顧客サービスへの影響: 製品の出荷遅延や供給不足は、顧客への納期遅延や販売機会の損失に直結します。これは企業の収益だけでなく、顧客満足度やブランドイメージにも影響を与えかねません。
  5. 法規制・契約リスク: 不可抗力条項(Force Majeure)の適用を巡る法的リスクや、長期契約における輸送条件の見直しなどが必要となる可能性もあります。

過去の事例から学ぶ教訓

欧州では、特に2018年と2022年にライン川などで深刻な低水位が発生し、サプライチェーンへの影響が広く報道されました。これらの事例では、水位低下が数ヶ月にわたり継続し、多数の船舶が満載での航行を断念したり、一部区間が事実上航行不能になったりしました。

これらの経験から得られる教訓は多岐にわたります。

リスク評価と対策立案の視点

内陸水運における低水位リスクを効果的に管理するためには、体系的なリスク評価と戦略的な対策立案が必要です。

  1. ハザード評価と暴露度評価:

    • 過去の河川水位データ、気候予測モデル、 hydrology(水文学)モデルなどを活用し、特定の河川や区間での低水位発生頻度や深刻度を評価します。
    • 自社のサプライチェーンにおける内陸水運への依存度(輸送量、輸送される製品の種類、依存するルート)、関連施設の立地(河川沿いの工場、倉庫)などを特定し、低水位ハザードへの暴露度を評価します。
    • GISデータと統合することで、地理的なリスクの可視化を進めることができます。
  2. 脆弱性評価:

    • 低水位に対する自社のサプライチェーン構造の脆弱性を分析します。具体的には、代替輸送手段への切り替えやすさ、在庫水準、主要施設の河川水位への依存度などを評価します。
    • 代替ルートの輸送キャパシティやコストを事前に調査しておくことが重要です。
  3. 影響評価:

    • シナリオ分析を通じて、異なる低水位の継続期間や深刻度が、輸送コスト、リードタイム、生産量、最終的な収益に与える影響を定量的に評価します。

これらの評価に基づき、以下のような対策を検討することができます。

結論

気候変動に起因する主要河川の低水位は、欧州をはじめとする内陸水運に依存するサプライチェーンにとって、現実的かつ増大するリスクです。このリスクは、輸送コストやリードタイムの増加に留まらず、生産活動の停滞、在庫管理の複雑化、そして最終的な収益性や競争力に深刻な影響を及ぼす可能性があります。

過去の事例が示すように、事前のリスク評価と戦略的な対策が不可欠です。気候変動の物理的影響をサプライチェーンリスク管理の一部として統合し、河川水位予測データや輸送ネットワーク分析を活用しながら、輸送モードの多様化、在庫戦略の見直し、そしてサプライチェーン構造の強靭化を進めることが求められます。

このリスクは単一企業で解決できるものではなく、河川当局、輸送業者、そして他のサプライチェーン参加者との連携も重要な鍵となります。SCリスクウォッチドッグとして、今後もこの種の物理的リスクの動向と、それがサプライチェーンに与える影響について注視し、分析を提供してまいります。