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環太平洋火山帯の地震リスク高まりと東アジア製造業サプライチェーン:日本・台湾拠点のレジリエンス評価

Tags: 地震リスク, サプライチェーンレジリエンス, 東アジア, 自然災害リスク, リスク管理

はじめに:東アジアの地震リスクとサプライチェーンの脆弱性

環太平洋火山帯は「環太平洋造山帯」とも呼ばれ、太平洋を取り巻くように位置する地震帯および火山帯です。この地域は世界の地震の90%以上、活火山の75%が存在するとされ、大規模な地震活動が頻繁に発生しています。東アジア、特に日本や台湾は、この環太平洋火山帯の一部に含まれており、地理的に地震リスクが極めて高い地域です。

同時に、これらの地域は世界の製造業サプライチェーンにおいて不可欠な役割を担っています。半導体、電子部品、精密機器、自動車部品など、多くの基幹産業において、日本や台湾に集中した生産拠点や高度な技術を持つサプライヤーが存在します。したがって、この地域で発生する大規模な地震は、局地的な災害に留まらず、グローバルなサプライチェーンに深刻かつ広範な影響を与える可能性があります。本稿では、環太平洋火山帯、特に日本と台湾における地震リスクの現状を分析し、それが東アジアの製造業サプライチェーンに与える具体的な影響、そして企業のサプライチェーンレジリエンス評価と強化の重要性について論じます。

環太平洋火山帯における地震活動の現状とリスク要因

環太平洋火山帯では、プレートテクトニクス理論に基づくプレートの沈み込みや衝突により、常に地殻変動が発生しています。これにより、海溝型地震や活断層型地震など、様々なタイプの地震が引き起こされます。近年、この地域での地震活動が注目される機会が増えており、過去の記録に基づくと、ある期間に地震活動が活発化する傾向も確認されています。

日本や台湾における地震リスクを評価する上で考慮すべき要素は多岐にわたります。

これらのリスク要因を総合的に評価するためには、単なる震度分布だけでなく、地盤特性(液状化リスク)、建物の耐震基準、インフラの冗長性、災害発生時の初期対応能力などを考慮した多角的な分析が必要です。GISを用いたリスクマッピングは、地震による物理的な被害範囲とサプライチェーン上の重要拠点、物流ルートを重ね合わせ、潜在的なボトルネックを特定する上で有効なツールとなります。

東アジア製造業サプライチェーンへの具体的な影響分析

日本や台湾における大規模地震は、東アジアおよび世界の製造業サプライチェーンに以下のよう具体的な影響をもたらす可能性があります。

  1. 生産拠点の物理的損害: 工場建屋、生産設備、在庫などが地震の揺れや二次災害(火災、津波など)により直接的な被害を受け、生産が停止する。特に半導体工場など、精密な設備を持つ施設は微細な振動や停電でも生産に大きな支障をきたすことがあります。
  2. 物流網の寸断: 道路、鉄道、橋梁、港湾、空港などの交通インフラが損壊し、原材料や部品の調達、完成品の出荷が不可能になる。港湾や空港が機能停止すると、国際物流が麻痺し、グローバルな影響が拡大します。過去の事例では、主要な港湾機能の麻痺が数ヶ月に及ぶこともありました。
  3. ライフラインの停止: 電力、水、通信などのライフラインが停止すると、生産活動はもちろん、従業員の安否確認や情報連携も困難になり、復旧活動が阻害されます。
  4. サプライヤーの被災: 重要な部品や原材料を供給するTier N(N次)サプライヤーが被災した場合、その影響はSC全体に波及します。特に特定のサプライヤーに依存している(シングルソース)場合や、特定の地域にサプライヤーが集中している場合は、供給停止リスクが極めて高くなります。
  5. 労働力への影響: 従業員の死傷、避難、家族のケアなどで労働力が一時的に不足し、生産・物流活動の再開が遅れる可能性があります。
  6. 市場の混乱とコスト変動: 供給不足は製品価格の高騰を招き、また代替調達先の探索や緊急輸送には追加コストが発生します。さらに、災害復旧需要の高まりが特定の資材やサービスの価格をつり上げる可能性もあります。
  7. 情報伝達・連携の困難: 災害発生直後は通信網の混乱などにより、被害状況の把握、SCパートナー間の情報共有、本社との連携などが滞り、迅速な意思決定や対応が阻害されることがあります。

過去の主要な地震災害、例えば日本の東日本大震災(2011年)や熊本地震(2016年)、台湾の集集大地震(1999年)や台湾東部沖地震(2024年)では、これらの影響が複合的に発生し、自動車産業、エレクトロニクス産業などを中心に広範なSC混乱を引き起こしました。これらの事例分析からは、重要部品の供給集中リスク、特定の物流ハブへの依存、そしてサプライヤーTier Nのリスク可視化の不足が、SCレジリエンス上の主要な課題として浮かび上がります。

サプライチェーンレジリエンスの評価と強化

東アジアにおける地震リスクに対応するためには、企業はサプライチェーンのレジリエンスを体系的に評価し、強化する必要があります。リスク管理専門家にとって重要な視点と対応策は以下の通りです。

  1. SCトポロジー分析と脆弱性特定:

    • 自社SCにおける物理的な拠点(工場、倉庫)、主要なサプライヤー(Tier 1だけでなく、Tier Nまで可能な範囲で)、主要な物流ルート(海運、空運、陸運ハブ)を詳細にマッピングします。
    • これらの重要拠点が環太平洋火山帯のどのリスクエリア(高震度予測地域、液状化リスクが高い地域、津波浸水想定区域など)に位置しているかを特定し、リスクレベルを評価します。
    • 特定の拠点やサプライヤー、物流ルートへの依存度が高い箇所(ボトルネック)を洗い出します。
  2. リスク評価とシナリオプランニング:

    • 想定される複数の地震シナリオ(例:特定地域の直下型地震、大規模海溝型地震とその後の津波)に基づき、各シナリオが発生した場合の自社SCへの影響(生産停止期間、物流途絶範囲、復旧に要する時間とコスト)を定量的に評価します。
    • この評価には、過去の災害データや損害予測モデル、サプライヤーから収集したBCP関連情報などを活用します。
  3. レジリエンス強化策の実行:

    • 供給網の多様化: 可能であれば、高リスク地域に集中しているサプライヤーの代替を検討する、あるいは複数の地域に分散したサプライヤーから調達する体制を構築します。
    • 生産拠点の分散/冗長化: 重要な製品や部品について、リスクの異なる複数の地域で生産できる体制を構築します。
    • 在庫戦略の見直し: Just-In-Time方式に加えて、戦略的な安全在庫を保有することで、一時的な供給停止に対応できるバッファを設けます。特に調達リードタイムが長い部品や、代替が困難な部品が対象となります。
    • 物流ルートの多様化: 主要な物流ハブやルートが被災した場合に備え、代替となる輸送手段やルートを事前に計画、評価しておきます。
    • BCPの実効性向上: 地震を想定したBCPを策定し、定期的な訓練や見直しを実施します。特にサプライヤーや物流パートナーとの連携に関する計画を具体化することが重要です。
    • 技術活用: IoTデバイスによるリアルタイムの物流状況監視、AIによる需要予測と在庫最適化、ブロックチェーンを用いたSC情報の透明化などもレジリエンス向上に寄与します。
  4. 情報共有と連携体制:

    • 災害発生時には、SC内の情報が迅速かつ正確に共有される仕組みが必要です。SCパートナーとの間で、被害状況、在庫状況、復旧見込みなどの情報を共有するプラットフォームや手順を構築します。
    • 公的機関や業界団体との連携も重要です。

これらの取り組みは、ISO 22301(事業継続マネジメントシステム)やSCORモデルのリスクマネジメント要素などを参照しながら体系的に進めることができます。

結論:継続的な監視と投資の必要性

環太平洋火山帯、特に東アジアにおける地震リスクは、グローバルな製造業サプライチェーンにとって継続的な脅威です。日本や台湾といった重要な生産・技術拠点が集中する地域での大規模地震は、単一企業の努力だけでは吸収しきれない広範な影響を及ぼす可能性があります。

サプライチェーンに関わる専門家は、これらの地理的リスクに対する継続的な監視と評価、そしてサプライチェーン全体のレジリエンス向上に向けた投資の必要性を認識する必要があります。リスクの可視化をさらに深め、サプライヤーTier Nのリスク情報を収集・分析し、リスクシナリオに基づいた具体的な対応計画を策定・実行することが求められます。

今後も、環太平洋火山帯の地震活動の動向、各国の防災インフラ投資の状況、そして新しいリスクマネジメント技術の発展を注視し、情報共有と連携を強化していくことが、予測不能な自然災害に対するサプライチェーンの強靭性を高める鍵となります。