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軌道上リスクが地上SCに与える影響:衛星攻撃・宇宙ゴミ・混雑問題とレジリエンス

Tags: 宇宙リスク, サプライチェーン, 衛星, 宇宙ゴミ, 地政学, 通信, GPS, レジリエンス

はじめに:サプライチェーンにおける宇宙空間への依存増大

現代のグローバルサプライチェーンは、これまで以上に宇宙空間に存在するインフラへの依存度を高めています。衛星通信は遠隔地との連携やデータ伝送に不可欠であり、GPS(全地球測位システム)をはじめとするGNSS(全球航法衛星システム)は、物流における追跡・管理、船舶や航空機の運航、精密農業、金融取引のタイミング同期など、広範な分野で基盤技術として利用されています。また、地球観測衛星は、気象予報、資源探査、災害監視、土地利用計画などに利用され、サプライチェーン計画やリスク評価の精度向上に寄与しています。

一方で、宇宙空間におけるリスクも急速に変化し、増大しています。新たなアクターの参入、技術の進歩、そして宇宙における地政学的緊張の高まりは、サプライチェーンの脆弱性を露呈させる可能性があります。本稿では、主要な軌道上リスク(衛星攻撃・干渉、宇宙ゴミ、軌道上の混雑)に焦点を当て、それらが地上のサプライチェーンに与える具体的な影響を分析し、企業が講じるべきレジリエンス構築の視点を提供します。

主要な軌道上リスクとその現状

1. 衛星攻撃・干渉リスク

衛星システムは、サイバー攻撃、物理攻撃、電磁波干渉など、様々な形態の攻撃に晒される可能性があります。 * サイバー攻撃: 衛星の地上局、ネットワーク、あるいは衛星自体が標的となり、データ窃盗、システム停止、誤作動などを引き起こす可能性があります。 * 物理攻撃: ASAT(対衛星)兵器による衛星破壊は、標的衛星だけでなく、大量の宇宙ゴミを生成し、他の衛星にも連鎖的なリスクをもたらします。直近でも複数の国がASAT実験を実施しており、懸念が高まっています。 * 電磁波干渉(ジャミング、スプーフィング): GPS信号などに対する意図的な電波妨害(ジャミング)や、偽信号の送信(スプーフィング)は、精密な位置情報や時間情報に依存するシステムに混乱をもたらします。特に紛争地域やその周辺では、このような干渉のリスクが顕在化しています。 * 指向性エネルギー兵器: 地上または宇宙から衛星の機能を一時的または恒久的に無効化するレーザーなどの兵器の開発が進められています。

2. 宇宙ゴミ(スペースデブリ)リスク

運用を終えた衛星、ロケットの破片、過去のASAT実験で発生した破片などが地球周回軌道上に蓄積されており、宇宙ゴミ(デブリ)として大きなリスクとなっています。 * 衝突リスク: 高速で軌道を周回するデブリと運用中の衛星が衝突すると、衛星が破壊され、さらに大量の新たなデブリが発生する可能性があります(ケスラーシンドローム)。特定の軌道帯(特に低軌道、静止軌道)ではデブリ密度が高く、衝突リスクが増大しています。 * 影響: 衝突による衛星の機能停止は、その衛星が提供するサービス(通信、測位、観測など)に依存する地上の活動に直接的な影響を与えます。

3. 軌道上の混雑

特に低軌道(LEO)において、スターリンクのような大規模衛星コンステレーションの展開が急速に進んでいます。 * 影響: 軌道上の衛星数が増加することで、衛星同士の接近遭遇確率が高まり、衝突回避 manoeuvres の頻繁な実行が必要となります。これは衛星運用の複雑性やコストを増大させるだけでなく、衝突リスク自体も高める可能性があります。また、特定の周波数帯域における干渉リスクも増大します。

サプライチェーンへの具体的な影響分析

これらの軌道上リスクは、グローバルサプライチェーンの様々な側面に深刻な影響を与える可能性があります。

過去の事例と教訓

具体的な事例としては、2007年の中国によるASAT実験や2021年のロシアによるASAT実験が、大量の宇宙ゴミを発生させ、国際宇宙ステーションを含む軌道上の資産にリスクをもたらしたことが挙げられます。また、特定の地域でのGPS干渉は、船舶の航行や航空機の運航に影響を与えた事例が報告されています。これらの事例は、宇宙空間のリスクが単なる理論上の懸念ではなく、現実的な脅威であることを示しています。過去の自然災害や地政学リスクと同様に、宇宙空間のリスクイベントは突発的に発生し、広範囲に影響を及ぼす可能性があるという教訓が得られます。

リスク評価と対策立案の視点

企業が宇宙空間リスクに対してレジリエンスを構築するためには、以下の視点での評価と対策立案が重要です。

  1. サプライチェーンにおける衛星依存度のマッピングと評価:

    • 自社のサプライチェーンのどのプロセスや機能が、衛星通信、GNSS、地球観測データなどにどの程度依存しているかを詳細に特定します。
    • 直接的な依存だけでなく、Tier Nサプライヤーの依存度や、ロジスティクスパートナー、金融機関など、サプライチェーンを支えるインフラの依存度も評価します。
  2. リスクシナリオ分析:

    • 特定の衛星システム(例:GPS)が数時間・数日間利用できなくなった場合、あるいは特定の地域での通信衛星が機能停止した場合など、具体的なリスクシナリオを想定し、その影響(物理的、経済的、時間的)を評価します。
    • ASAT兵器実験によるデブリ発生や、大規模な軌道上衝突シナリオなども考慮に入れます。
  3. 代替手段の検討と導入:

    • 衛星システムが利用できない場合の代替手段(例:地上回線、無線通信、慣性航法システム、代替測位システム)を検討し、実現可能性やコスト、導入計画を策定します。
    • システムレベルだけでなく、オペレーションレベルでの手動運用やオフラインでの対応能力も評価します。
  4. 冗長性・多様性の確保:

    • 可能な限り、単一の衛星システムやプロバイダーに依存せず、複数のシステムや技術を組み合わせた冗長性・多様性を確保します。
    • サプライヤーや物流ルートの多様化に加え、利用する技術インフラの多様化も検討します。
  5. 情報収集と監視体制の構築:

    • 宇宙空間のリスクに関する最新の情報(地政学的動向、技術開発、デブリ情報、干渉報告など)を継続的に収集・分析する体制を構築します。
    • 特定の地域でのGNSS干渉などの異常を早期に検知できるシステムを導入します。
  6. 保険・契約の見直し:

    • 宇宙活動リスクに関連する保険の適用範囲や条件を確認し、必要に応じて見直しを行います。
    • サプライヤーや顧客との契約において、宇宙インフラの障害に関するリスク分担や免責事項を明確化します。
  7. 国際的な動向への注視:

    • 宇宙交通管理(STM)に関する国際的なルール形成や、宇宙空間における安全保障、持続可能性に関する議論の動向を注視し、自社の戦略や対策に取り入れます。

結論:新たなフロンティアにおけるSCMリスク管理

宇宙空間は、現代のサプライチェーンにとって不可欠なインフラを提供する一方で、新たな、かつ複雑なリスクのフロンティアとなっています。衛星攻撃、宇宙ゴミ、軌道上の混雑といったリスクは、通信、測位、観測といった基盤サービスに依存する地上のサプライチェーンに広範な影響を与える可能性があります。これらのリスクは、従来の地政学リスクや自然災害リスクとは異なる性質を持つため、サプライチェーンリスク管理においても新たな視点でのアプローチが求められます。

企業は、自社の衛星依存度を正確に把握し、潜在的なリスクシナリオを分析した上で、代替手段の検討、冗長性の確保、情報収集体制の強化といった具体的なレジリエンス強化策を講じる必要があります。宇宙空間のリスクは今後さらに増大することが予測されており、継続的な監視と対策の見直しが、変化する環境下でのサプライチェーンの安定稼働と企業の競争力維持に不可欠となるでしょう。